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大阪地方裁判所 平成5年(ヨ)3510号 決定 1994年10月21日

債権者

藤澤貴子

右代理人弁護士

大川一夫

松本健男

丹羽雅雄

養父知美

債務者

医療法人仙養会

右代表者理事長

木野猛

右代理人弁護士

巽貞男

泉秀昭

西中務

主文

一  債権者が債務者に対し、雇用契約上の地位を有することを仮に定める。

二  債務者は、債権者に対し、平成五年一一月から本案の第一審判決言渡しに至るまで、毎月二五日限り、一か月金一七万五五四五円の割合による金員を仮に支払え。

三  債権者のその余の申立てを却下する。

四  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  主文一項と同旨

二  債務者は債権者に対し、平成五年一一月から毎月二五日限り、一か月金二〇万六三〇二円の割合による金員を仮に支払え。

第二当裁判所の判断

一  基礎となる事実

以下の事実は、当事者間に争いがない。

1  債務者は、職員三〇〇名余を擁する総合病院である北摂病院(以下「本件病院」という。)の経営を主たる目的とする医療法人である。

2  債権者は、平成四年二月一日に債務者に雇用された。

3  債務者は、平成五年一〇月一六日債権者に到達した内容証明郵便で債権者を懲戒解雇(以下「懲戒解雇」という。)する旨通告をした。

4  債務者は、同年一一月二五日債権者に到達した答弁書によって、仮に、前記懲戒解雇の効力がないとすれば、債権者を通常解雇(以下「予備的解雇」という。)する旨の通告をした。

二  債務者の主張する解雇理由

1  懲戒解雇について

債権者は、

(一) 平成五年一〇月九日午後三時一五分ころ、許可なく入室することを禁じられている会計係室に無断で入室し、同室に保管中の更衣ロッカーのマスターキイを持ち出した。

(二) 同年九月一〇日及び一一日に正当な理由なく無断で欠勤した。

(三) 日常の職務を遂行するに当たり、数々の業務上の指揮命令に違反した。

債権者の(一)の行為は、就業規則五七条2号「職務の権限を超えて専断的なことを行わないこと」、同条10号「許可なく職務以外の目的で、病院の設備、機械、器具、車両その他の物品を使用しないこと」、五六条一項「職員はこの規定に定めた事項のほか上長の指示命令に従い、自己の業務に専念し、創意を発揮し自己啓発を行い、能率向上に努力するとともに、互いに協力して職場の秩序を維持しなければならない。」に反し、これは就業規則六二条7号「許可なく病院の物品を持ち出し、または持ち出そうとしたとき」及び11号「業務上の指揮命令に違反し、または職務を怠ったとき」に該当する。

(二)の行為は、就業規則六二条4号「正当な事由なくしばしば無断欠勤するとき」、11号「業務上の指揮命令に違反し、または職務を怠ったとき」、13号「その他前各号に準ずる不都合な行為があったとき」に該当する。

(三)の行為は、前述の就業規則五六条一項及び六二条11号に該当する。

2  予備的解雇について

債権者には、債務者が前記懲戒解雇の理由で主張した事実のほかに、

(一) 業務部資材係に勤務中、上司の指示に反することが多く、同僚との調和に欠け、自己中心的な行動に終始したため、同職場から配置換えの申し出がなされた。

(二) 平成五年三月二九日、総務部総務係に配属され、同年四月二日から同月一六日まで、本件病院の売店である有限会社ホクセツマートの業務にも従事したが、計算の間違いが多発したり、お客の対応が悪く、非能率的であり、総務係でも同僚などとの調和に欠け、独善的な行動に終始したので、同職場からも配置換えの申し出がなされた。

(三) 同年八月一二日から看護部に配属され、ヘルパーとしてサプライ勤務となったが、病院勤務者にとって重要な清潔・不潔の大原則を体得しようとせず、滅菌物取扱作業について周囲が不安を感じるような失態を続発させ、同職場での業務遂行に意欲を欠き、同僚との協調性もなく、同職場からも配属換えを求められた。

(四) 同年九月八日から看護部管理室ヘルパーに配属されたが、同月九日山口業務部長から病院業務について注意を受けたのに、不平を洩らし、仕事の意欲に欠け、周囲との協調性もなく、無断欠勤をするなど勤務態度に前進が見られなかった。

(五) このように、債権者の勤務態度は自己中心的で協調性に欠け、いずれの職場でも受入れられなかったので、債務者は何とか職場になじませ雇用を継続しようとして、同年一〇月九日から山口部長に直属する業務部資材係に配属されたが、前記のように会計室に無断入室する違反行為をした。

三  右各解雇理由についての検討

本件疎明資料及び審尋の全趣旨(争いのない事実を含む。)を総合すると、以下の事実を一応認めることができる。

1  解雇に至るまでの勤務等

債権者は、職業安定所の紹介で、薬局・薬品に関する事務を内容とする債務者の求人に応じ、平成四年二月一日採用され、

(一) 同日業務部資材係に配属され、薬品を扱う部門の仕事に従事した。

(二) 平成五年三月二七日ころ、総務部総務係に配置換えとなり、ユニフォームの準備及びそれをクリーニングに出したときの伝票の整理などの仕事に従事した。なお、同年四月二日から一六日まで本件病院の売店であるホクセツマートの業務に従事した。

(三) 同年八月一二日ころ、看護部へ配置換えとなり、ヘルパーとして中央材料室(サプライ)に勤務し、同年九月一〇日から看護管理室へ配置された。

(四) 債権者は、同年九月二四日、北大阪合同労働組合(以下「組合」という。)に加入し、組合は、そのころ債務者に対し、債権者を事務員の仕事に戻すことを要求した。

(五) 債権者は、同年一〇月九日ころ、業務部資材係に配置換えされた。

2  懲戒解雇に関する事実等

(一) 債権者は、平成五年九月一〇日、出勤途上気分が悪くなって帰宅せざるを得なくなったので、午前八時二〇分ころ、本件病院に電話し、直接の上司になる藤本係長に欠勤することを連絡するよう交換係に伝言し、翌日も回復しなかったので同様に電話して欠勤した。

なお、この欠勤はその後休暇届を提出して、有給休暇として処理され、債権者は欠勤について何らの注意もされなかった。

(二) 債権者が、業務部資材係に配置換えされた平成五年一〇月九日は、会計係と資材係の部屋の入替えがなされた日で、債権者は同日午後三時過ぎころ移転した資材係の部屋で一人で片付けをしていた。そこへ、医事係の篠原里佳(以下「篠原」という。)からロッカーの合鍵を探しているがそちらにあるかとの問い合わせがあり、その後資材係室にやって来た篠原と浅田と共に資材係室(もと会計係室)で合鍵のケースを探したが見つからなかったので、三人で施錠していない会計係室(もと資材係室)へ入ってこれを見つけ、篠原が自分のロッカー番号の鍵を取り出し、その旨のメモをおいた。債権者は折から帰室した山本課長に篠原らと共に鍵を探したことを報告した。

これに対し、債権者は始末書の提出を求められ、同月一二日付けで本件病院理事長宛に「さる一〇月九日(土)三時一五分 上司の許可を得ず 無断で会計係室(重要書類保管所)に入り職員個人ロッカーの鍵を持ち出したことをおわびいたします。以後このようなことのないよう気を付けることを誓って始末書を提出致します。」旨記載した始末書を提出した。

しかし、同月一四日、理事長から、無断で会計室に入ったことが就業規則の懲戒解雇理由に該当するので、懲罰委員会を開き、全員一致で即日解雇ということになったが、辞表を出せば諭旨解雇か自己都合による退職にするが、出さなければ懲戒解雇にするといわれた。しかし、翌日、辞表を出さないことを伝えたところ解雇の通知の送付を受けた。

なお、篠原は、債権者が始末書の提出を求められたことを知って、自主的に始末書を提出したが、処分は受けず、浅田も処分はされなかった。

四  各解雇の効力についての判断

1  懲戒解雇の効力について

債権者が債務者主張の日に、許可なく会計係室に入ったことは前記認定のとおりであるけれど、入室の動機、態様、右入室により債務者に損害が生じたとは窺えないこと並びに無断入室について既に始末書を提出していることなどからするとこれをもって就業規則に定める懲戒解雇事由に該当するとはいえない。

また、債権者が平成五年九月一〇日、一一日に欠勤したことも前記認定のとおりであるが、欠勤に至った事情及び債権者がなした連絡並びにその後右欠勤が有給休暇として処理され、格別の注意を受けなかったことに照らすと、この欠勤が就業規則の懲戒解雇事由に該当するということはできない。

また、債務者は、債権者に日常の職務遂行について数々の就業規則違反の事実があったと主張するが、債権者は前記認定のとおり、配置換えにより、本件病院でいくつかの職務に就いたけれど、その際勤務振りについて特別の注意を受けたことはなく、本件全疎明資料によっても債権者に就業規則の懲戒解雇事由に該当する行為があると認めることはできない。

2  予備的解雇の効力について

債務者は、債権者の勤務態度について自己中心的で協調性に欠けるなどとして種々の事実を主張するが、主張自体が抽象的なものもあるほか、具体的事実についてもこれを疎明するに足りる資料はなく、前記認定、判断からして債権者に解雇に該当する事由はなく、予備的解雇は権利の濫用として無効というべきである。

五  保全の必要性

債権者は、債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めることを求めている。

前記認定事実に本件疎明資料及び審尋の全趣旨を併せ考えると、右申立て部分について仮処分の必要があることが一応認められる。

債権者は、債務者に対する雇用契約上の権利に基づき賃金の仮払いを求めるところ、本件疎明資料及び審尋の全趣旨によると、債権者は独身で、債務者から支給される賃金を唯一の収入源とする労働者であって、見るべき財産を有していない。債権者の解雇前三か月の各月の賃金支給額から交通費を控除した平均賃金額は一七万五五四五円であることが一応認められる。

そうすると、債権者が賃金の支給を停止されることにより、自己の生活に重大かつ深刻な危険を生じさせていることは明らかであるから、債権者に対し平成五年一一月から、本案の第一審判決の言渡しに至るまでの限度で毎月二五日限り右認定の一か月一七万五五四五円の割合による金員の仮払いを受けさせる必要があるといえる。

六  むすび

以上の次第で、債権者の本件申立ては、主文掲記の限度で理由があり、債権者に担保を立てさせないで、認容し、その余を失当として却下することとする。

よって、主文のとおり決定する。

(裁判官 井筒宏成)

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